2009年5月4日月曜日

ダーウィン

先日richarddawkins.netで注文していたThe Genius of Charles DarwinのDVDが大学に届いていた.今年はダーウィン生誕200周年,『種の起源』出版150周年ということで,色々なところで進化論が取り上げられているが,地元イギリスでもオックスフォード大学のドーキンスがChannel 4で特番をやっており,それをDVD化したものである.ドーキンスはCharles Simonyi Professorの任を昨秋解かれたようだが,まだ積極的にメディアには登場しているようで,喜ばしい.

3部構成の割と長いドキュメンタリーだが,連休中で時間が取れたので,全部見ることができた.第1部はダーウィンの自伝的な話と,自然選択を含めた進化論の概要を紹介するのが主な内容.ダーウィンが進化論へ辿り着くまでの過程を丁寧に説明している.ライエルの『地質学原理』(Principles of Geology)からのインスピレーション,マルサスの人口論から得た自然選択へのひらめき,徹底したempiricalなアプローチ,どれもよく知られたものだが,明快で分かりやすく提示されていて,感心する.ロンドンの高校生(親の宗教上,創造論に毒されている学生が多い)にレクチャーしたり,ガラパゴス島に連れて行ってアンモナイトの化石を一緒に探したりという場面もあり,最後はその高校生たちが心境の変化を語って締めくくられる.

第2部は,Social Darwinism(進化経済学,ナチズムを含めた優生学(eugenics)など)に見られる安易な進化論へのアナロジーや誤解に対する批判,ヒトの心に関する進化論的アプローチとして進化心理学の概要が紹介される(ピンカーが第一人者としてインタヴューされていた).性選択(sexual selection),血縁選択(kin selection)といった現代進化論の重要な概念も導入され,ドーキンスが利己的な遺伝子(selfish gene)を提唱するに至った利他主義(altruism)の問題も取りあげられる.それと同時に,ヒトの親切心,道徳性という特異な利他性は利己的な遺伝子理論では説明できないもので,むしろ高度に発達した脳の利己的な遺伝子への反旗的な振る舞いである,という近年のドーキンスの見解も披露される.

第3部はドーキンスの本領発揮というか,おなじみの進化論vs創造論である.奥さんが敬虔なキリスト教徒であったダーウィンの苦悩,彼が抱いていた将来科学が世界を正しい道へ導く事への期待,それに反して創造論がいまだにはびこる現状が紹介される.例によってあきれるくらい無知でくだらない創造論者がたくさん登場する(人の話を聞かないところが,日本のテレビで醜態をさらす元社民党議員をどことなく思い起こさせるWendy Wrightやら,地球が誕生から6,000年経っていないとのたまう科学の教師などなど).一番穏健だったのがArchbishop of Canterburyだったのがなんとも皮肉なことである.ドーキンスとは違った視点から進化論を語る哲学者で,Darwin's Dangerous Ideaの著者であるデネットも後半に登場する(もう余命長くないとのこと).

全体を見て,いつも抱いている思いを一層強くさせられるDVDであった.日本はそれほど創造論がはびこっている国ではないが,slippery slopeは至る所にあると私は思っている.メディアには超自然的,オカルティックなものが多く登場し,優秀な大学生でも霊,占い,縁起などを信じるものが結構な数いるくらいである.欧米や中東,南アジアのように強く生活に密着した宗教がない分,その代替物に足をすくわれ易いこのような状況は余計に危ういとも言うことができる.90年代のオウムによる一連の事件のようなことを再び起こさないためにも,科学的思考法,科学リテラシーとはなんたるかを学生にきちんと伝えるというのは,我々のような大学教員の重要な役割なのだと強く思わずにはいられない.
 
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