閑話休題.Richard Dawkinsの新刊The Greatest Show on Earthが9月10日に発売される.それに先行して英国新聞のTimesのウェブサイトが第1章と第2章からの抜粋を掲載している.後者がイヌの進化についての話で中々面白い.
基本的にはRaymond Coppingerという人の説を紹介しているのだが,その骨子は「イヌがオオカミから進化したことはよく知られているけれど,野生のオオカミからヒトに飼い慣らされたイヌまでの進化はすべて人工的な淘汰(artificial selection)によるものではなく,自然淘汰(natural selection)によるものも大きい」というものである.つまりヒトが飼い慣らす前段階でオオカミは自然淘汰によってvillage dogと呼べるようなイヌ的なものになっていたというものである.
その証拠として挙げられているのは,人工的に変化させられた家畜化されたり飼い慣らされた動物は,数世代野生に放つと元の形質に戻ってしまうらしいのだが,イヌを野生に放ってもオオカミにはならず,village dogとかpye-dogと言われるような所謂雑種のようなイヌになるということ(うちの奥さんの実家のイヌの写真を参考として挙げておこう).つまり人工交配による形質変化が行われる前段階ですでにオオカミではなく,雑種のようなイヌであったということである.
なぜオオカミが自然淘汰で雑種のようになったかというと,逃走距離(flight distance)と残飯あさりが関係している可能性があるという.逃走距離というのは,天敵などの危険なものが一定の範囲内に近づくと逃げる目安となる距離で,野生動物は種ごとに遺伝的に決定されるらしい.この距離が短すぎると逃げ遅れて殺されてしまうし,長すぎると天敵がうろついているところでは食料が得ることができず餓死してしまう.そのリスクバランスが最適になり,生存可能性が最大限になるよう,自然淘汰で調整されているわけである.
逃走距離は遺伝的に決定されているが,当然突然変異によってこの距離が長かったり,短かったりする個体が出てくる.ここで鍵となるのが,他のオオカミより逃走距離が短い個体が,ヒトの集落周辺にいた場合である.通常の場面では短い逃走距離は襲われるリスクが高いが,ヒトの集落周辺では残飯が出るため,より集落に近づくことができる個体は食料を得やすいのである.つまり,逃走距離が短い個体の方が,ヒトの集落周辺での環境適応度が高いのである.その結果,自然淘汰により逃走距離が短いオオカミが支配的になっていったのが,オオカミから(人懐っこい)イヌへの進化の第一歩というわけである.
当然の疑問としては,なぜ人懐っこいオオカミはイヌのような見た目になったか,である.これに関しては,以前このブログでも紹介したDawkinsのDVDにも登場する話なのだが,silver foxの話が取り上げられている.ロシアの遺伝学者Dimitri Belyaevという人は,その毛皮が高く取引されるsilver foxを育てるのに,人懐っこい個体を選んで交配を繰り返したという話である.彼が人懐っこさの基準として使ったのが,上述の逃走距離に似たようなもので,silver foxの子供をその人懐っこさによって3つのクラスに分類し,最上位クラスの個体のみを交配して育てるという実験をしたのである.するとたった6世代で,見た目が変容しイヌのようになり,とても人懐っこい個体が増えていった.その割合は10世代後には18%,20世代後には35%,30から35世代後には70-80%がイヌのようになってしまったという.
このような容姿の変化は一見人懐っこさの副次的作用に思えるが,進化論ではこのような「一見」副次的作用に思える特性は,深いところでその引き金になった特性とつながっていることが多いので,人懐っこさとイヌのような外見というのは,根本的に関連している可能性が高い,とのこと(人間が「可愛い」と感じるには,一定の感覚的基準があるので,その辺と関係しているのだろう.ムカデなんてどんなに人懐っこくてもほとんどの人には可愛くなりえないものね).
以上が主な内容.英語ができる方は,私の要約なんかより,コチラのDawkinsの素晴らしい原文を読むことをお勧めします.